障害年金の対象とならない精神疾患とは
認定要領の「統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害並びに気分(感情)障害」には、以下のような記述があります。
(4)人格障害は、原則として認定の対象とはならない
(5)神経症にあっては、その症状が長期間継続し、一見重症なものであっても、原則として、認定の対象とならない。ただし、その臨床症状から判断して精神病の病態を示しているものについては、統合失調症又はそううつ病に準じて取り扱う。
今回は、神経症とパーソナリティ障害(人格障害)が障害年金の対象外とされている理由と、対処法について説明します。
目次
神経症
神経症は、悩み、ストレスなどの心理的負荷から様々な症状を引き起こす心因性疾患です。
代表的なものとして、パニック障害、社会不安障害、強迫性障害、適応障害などがあります。
神経症が原則として障害年金の対象外とされている主な理由は、以下の2点です。
①予後(経過)の良好性
神経症は、適切な治療や環境調整によって症状の改善や社会復帰が見込まれることが多いと考えられています。障害年金は、長期にわたり日常生活や就労に著しい支障をきたす状態を対象としているため、比較的予後が良いとされる神経症は原則として対象外とされています。
②疾病利得の可能性
神経症の症状によって、周囲の関心を得たり、責任を免れたりするなどの疾病利得が生じる可能性が否定できないと考えられています。「疾病利得」とは、例えば一見重篤な障害によって家族の同情や共感を得ることができたり、仕事や苦しい現実から逃避ができたりする利得を指すものとされています。
障害年金制度の趣旨は、真に困窮している方を支援することであり、疾病利得によって症状が維持・悪化する可能性のある神経症は、慎重な判断が求められます。
ただし、神経症であっても例外的に障害年金が認められる場合があります。それは、神経症の症状が極めて重篤であり、通常の治療では改善が見込めず、長期にわたり日常生活や就労に著しい支障をきたしていると認められる場合です。
具体的には、以下の要素が総合的に判断されます。
・客観的な診断と症状の重さ
医師の診断書において、単なる神経症という診断名だけでなく、具体的な症状、その重症度、日常生活や就労への具体的な支障について詳細な記載があることが重要です。
・治療の経過
長期間にわたる適切な治療(薬物療法、精神療法など)を行っても、症状の改善がほとんど見られないことが重要です。
・日常生活能力の低下
食事、入浴、着替え、移動、コミュニケーションなどの日常生活における基本的な動作や、家事、買い物、金銭管理などの応用的な動作が著しく困難である状態が継続していることが必要です。
・就労状況
就労が全くできない、または断続的にしか就労できず、安定した収入を得ることが困難である状態が継続していることが必要です。周囲の援助なしには就労が困難な場合も考慮されます。
・病歴・就労状況等申立書:
申請者本人が、これまでの病状の経過、治療内容、日常生活や就労における具体的な困難について詳細に記述した「病歴・就労状況等申立書」の内容も重要な判断材料となります。
対象となる可能性を高めるためのポイント
神経症を原則対象外としている理由として、障害年金の行政不服審査を行う社会保険審査会は、裁決で「予後(経過)の良好性」と「疾病利得の可能性」を度々挙げています。
要するに「病識があり、自ら対処することでその状況から脱することが可能である。その程度の状態に対し障害年金を支給してしまうと満足してしまい、自ら直す努力を失わせる危険性があるから原則として支給の対象としない。」ということです。
しかし、認定要領には「ただし、その臨床症状から判断して精神病の病態を示しているものについては、統合失調症又はそううつ病に準じて取り扱う」と例外も示されています。
つまり、統合失調症やそううつ病と同程度の精神症状があれば、認定の対象となりえるということです。
この場合、診断書「⑬備考」に「精神病の病態を示している(精神病様態)」ことと、示している病態のICDー10コードの記載が必要です。
例えば、パニック障害にうつ病と同程度の精神症状(抑うつ気分など)がある場合、「パニック障害は精神病(またはうつ病)の病態を示している。F32(うつ病のICDー10コード)と医師に記載してもらいましょう。
そのためにも主治医に、日常生活や就労における具体的な困難な状況を詳細に伝え、それらが診断書に正確に記載されるように依頼することが重要です。また、長期間にわたり、適切な医療機関で継続的に治療を受けていることも重要です。治療内容やその効果についても、医師に詳しく記録してもらいましょう。
パーソナリティ障害(人格障害)
パーソナリティ障害は、思考、感情、行動のパターンが、大多数の人とは違う反応や行動をすることで、本人や周囲の人が苦痛を感じたり、社会生活に支障をきたしたりする状態を指します。
認知(ものの捉え方や考え方)、感情のコントロール、対人関係といった種々の精神機能の偏りから生じるものです。「性格が悪いこと」を意味するものではありません。
境界性パーソナリティー障害
パーソナリティー障害の中でも境界性パーソナリティー障害などは、認定されることがあります。
境界性パーソナリティ障害(BPD)は、感情、対人関係、自己像、行動の不安定さを特徴とする精神障害です。気分の波が激しく感情が著しく不安定で、現実又は妄想で見捨てられることを強く恐れ、自傷行為を繰り返すなどの特徴があります。
具体的な症状は多岐にわたりますが、主なものとして以下の9つの症状が挙げられます。DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、以下のうち5つ以上が当てはまる場合に境界性パーソナリティ障害と診断されます。
①見捨てられ不安
実際に見捨てられることだけでなく、想像上の見捨てられに対しても強い恐怖を感じ、それを避けるために必死の努力をします。些細なことで見捨てられたと感じ、激しい怒りやパニックを引き起こすことがあります。
②不安定で激しい対人関係
人に対する見方が極端に変わりやすく、理想化とこき下ろしを繰り返します。ある時は相手を 理想化 して全能の存在のように感じますが、少しでも期待外れなことがあると 急激に 評価を下げてしまいます。
③自己同一性の混乱
自分自身のアイデンティティ、イメージ、感覚が不安定です。目標、価値観、趣味、友人関係などが 常に 変わり、自分が何者であるかわからないという感覚を抱えていることがあります。
④衝動性
自己を傷つける可能性のある 衝動性 が少なくとも2つの領域で認められます。例えば、浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食などです。
⑤自殺行動、自殺未遂、または自傷行為の繰り返し
気分が不安定になったり、対人関係で問題が生じたりした際に、自殺をほのめかしたり、自傷行為(リストカットなど)を繰り返したりすることがあります。
⑥感情の不安定さ
気分の 急激な 変化が頻繁に起こります。 通常 は数時間程度で改善しますが、 持続 しても数日以内です。強い悲しみ、怒り、不安などが 周期的に 現れます。
⑦慢性的な空虚感
常に 何かが足りない、 空っぽ であるという感覚を抱えています。
⑧不適切な激しい怒り、または怒りの制御困難
ちょっとしたことで激怒したり、怒りを爆発させたり、暴力に至ることがあります。
⑨ストレスに関連した一時的な妄想的思考または重度の解離症状
強いストレスを感じた時に、現実感がなくなったり(解離)、人を疑ったりするような考え(妄想)が一時的に現れることがあります。
対象となる可能性を高めるためのポイント
パーソナリティー障害を障害年金の対象外としている明確な根拠ウや例外は示されていません。ただし、境界性パーソナリティー障害の認定事例を踏まえると、統合失調症やうつ病と同程度の精神症状が見られないパーソナリティ障害を対象外としているものと考えられます。
境界性や統合失調型パーソナリティ障害など、精神病水準の精神症状がある場合は、神経症と同じ対応(診断書「備考⑬」に「精神病の病態を示している(精神病様態)」ことと、相当するICDー10コードを医師に記入してもらう)となります。
大事なのはあきらめない気持ち
最初に述べたように、神経症やパーソナリティー障害などの神経症圏の疾患は、原則として障害年金の対象として認められていません。
大事なのは、障害の状態が重く仕事や日常生活などのおいて支障が大きい場合に、神経症だからとあきらめないことです。
認定される可能性がないわけではないということを、覚えておいていただきたいのです。
障害年金の審査は、診断書などの書類のみで審査するシステムです。「対象となる可能性を高めるためのポイント」でも述べた通り医師が書く診断書が審査に大きく影響します。
障害年金を専門とする社会保険労務士であれば、ある程度その診断書の内容だけで通るかどうかわかると言われています。言い換えれば、多くの請求を代行するなかで請求が通らなかった経験をしている社労士ほど、受給までのポイントを知っていることになります。
ご自身の病態や状況が、障害年金を請求することができるのか、請求を行うことに困難を感じてしまうなどの思いがあるのであれば、障害年金を専門にしている社会保険労務士に代行を依頼することがベストでしょう。
シェアする